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●●●(TдT)心から泣ける話(TдT) ●●●

1 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:09
涙はこころの汗だす。
泣ける話をおながいします。

2 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:12
こころの汗はむさいと見たが、どうか。
なんか泣ける話探してくるだ

3 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:15
交通安全週間のある日、母から二枚のプリントを渡されました。
そのプリントは、交通事故についての注意などが書いてあり、
その中には実際にあった話が書いてありました。
それは交通事故で加害者の立場で亡くなった人の家族の話でした。

残されたのはお母さんと子供たち、上の子が小学二年生、
下の子が五歳の男の子の兄弟です。

この人たちは、事故の補償などで家もなくなり、
土地もなくなり、住む家もやっとのことで四畳半のせまい所に
住めるようになりました。
お母さんは朝6時30分から夜の11時まで働く毎日です。

そんな日が続くある日、三人でお父さんのいる天国に行くことを考えて
しまっていました。
(以下、プリントから)

4 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:15
朝、出かけにお兄ちゃんに、置き手紙ををした。
「お兄ちゃん、お鍋にお豆がひたしてあります。
それを煮て、今晩のおかずにしなさい。お豆がやわらかくなったら、
おしょう油を少し入れなさい。」

その日も一日働き、私はほんとうに心身ともにつかれ切ってしまった。
皆で、お父さんのところに行こう。私はこっそりと睡眠薬を買ってきた。

二人の息子は、そまつなフトンで、丸くころがって眠っていた。
かべの子供たちの絵にちょっと目をやりながら、まくら元に近づいた。
そこにはお兄ちゃんからの手紙があった。

「お母さん、ぼくは、お母さんのてがみにあったように、お豆をにました。
お豆がやわらかくなったとき、おしょう油を入れました。
でも、けんちゃんにそれをだしたら、
「お兄ちゃん、お豆、しょっぱくて食べれないよ。」
と言って、つめたいごはんに、おみずをかけて、それをたべただけでねちゃった。
お母さん、ほんとうにごめんなさい。でもお母さん、ぼくをしんじてください。
ぼくのにたお豆を一つぶたべてみてください。
あしたのあさ、ぼくにもういちど、
お豆のにかたをおしえてください。でかけるまえに、ぼくをおこしてください。
ぼく、さきにねます。あした、かならずおこしてね。
お母さん、おやすみなさい。」

目からどっと、涙があふれた。
お兄ちゃんは、あんなに小さいのに、こんなに一生懸命、生きていてくれたんだ。
私は睡眠薬を捨て、子供たちのまくら元にすわって、お兄ちゃんの煮てくれた、
しょっぱい豆を涙とともに一つぶ一つぶ、大事に食べました。


5 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:16
このお話を読み終えたとき、私と母の目から、涙が出てきました。
そうして、何度も、何度も、くり返し読みました。
私は、今まで、交通事故は被害者だけが悲しい思いをしていると
思っていましたが、このお話を読んで、加害者も、私たち以上に悲しくせつない
思いをしていることがわかりました。

毎日、毎日、日本のどこかで、こういう子供たちが生まれているのかと思うと、
とてもたまりません。
どうか、お願いです。車を運転するみなさん、交通事故など、
絶対におこさないでください・・・・・。


6 :☆KO☆ ◆dENpa/e6 :02/07/10 22:18
>>3-4泣きはしないが感動した。
普段俺感動などしないんだがな・・・。

7 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:20
ボーーーー!(TдT)


8 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:23
任意保険に入りましょうという教訓。

9 :味吉 ◆AJI//ePo :02/07/10 22:26
たまりすぎたペプシをどうにか処理しようと思って、
料理に使うことにしたんです。
コーラ煮ってのが、良いと聞いたのでウインナーで試しました。
ナベがないのでフライパンで。
蓋がないのでそのままで。
それで、余った汁がもったいないのでご飯をいれたんです。
ついでに玉子も。
炒めました。
多少の味付けをしました。
ついに盛り付けです。
食べてみました。



・・・涙ってこんな時にもでるんだって思いました。

10 :奈々紫:02/07/10 22:46
(;∀;イイ!!
久しぶりに泣いたよ。
>>3-4素敵な話を有難う。

11 :ほんわか名無しさん:02/07/10 22:59
>>9 久しぶりに無駄な涙を流してワラタYO!

12 :ほんわか名無しさん:02/07/10 23:04
コーラ煮は豚バラで。もしくは手羽先で。

13 :ニヤリン(TーT) ◆rX/eX.3. :02/07/10 23:10
>>3-4
泣けました、絵が浮かびました。

>>9
・・・・・泣けるね

14 : ◆MYST/Ad. :02/07/10 23:14
一番楽しかった「あの日」

527 名前:名無しさん投稿日:2001/06/24(日) 00:53 ID:???
高校3年の夏、彼女と知合った。仲良くなり、二人で出掛ける事も会ったけど恋愛感情みたいなものは抱いていなかった。
高校を卒業し、別々の大学へ進学すると、彼女とは連絡さえ取らなくなっていた。
ある日、大学から帰る途中、ふと空を見上げてみるとそこには満点の星空があった。


15 : ◆MYST/Ad. :02/07/10 23:14
「何か辛い事があった時に星空を眺めていると、安らいだ気分になって勇気がわいてくるんだ
。子供の頃からずっとそう。」放課後、夕日が差し込む教室に2人で居た時、彼女はそう言っていた。
急に会いたくなり、電話をした。母親らしき人が出て、病院にいるとのことだった。
はやる想いを抑えながら病室に向かうと、やせ細って変わり果てた姿の彼女が居た。
最初は僕が来たことに驚いていたが、心配させたくないと思ったのか、すぐに微笑む彼女。
不治の病でもう先が長くないとのことだった。それからは病院に通いつめた。


16 : ◆MYST/Ad. :02/07/10 23:15
ある時、彼女が「今晩あの丘につれて行って欲しい。
死ぬ前にもう一回だけ星を見たい。」と言った。
断れるはずがなかった。
衰弱した彼女を車に乗せて小高い丘まで行く。
今まで見た事が無いほどの無数の星が僕らを迎えてくれた。
彼女を車から下ろし、肩を寄せ合う。

「私の分まで精一杯生きてね。」

涙をこぼしなら言った。
それと同時に瞼がゆっくりと閉じてゆく。
天使のような安らかな表情でした。

今でも星空を見るとあの日を思い出す。


17 : ◆MYST/Ad. :02/07/10 23:17
>>14-16
以上、コピペでした。

18 :ほんわか名無しさん:02/07/10 23:21
泣かせるぜ

19 :ほんわか名無しさん:02/07/10 23:28
    ワケ        ワカ       ラソ♪
    oo        oo       oo
    | |         | |        | |
   (o・-・)     (・-・o)     (o・-・)
   イ  了     ト  了     イ  イ
    《 《       >  >      ‖ ⌒


20 :ほんわか名無しさん:02/07/10 23:56
>>14-16
知ってる。でもぃぃょ...

21 :ほんわか名無しさん:02/07/11 01:33
ボーーーー!(TдT)

しゃくりage

22 :コピペです。:02/07/11 02:14
1月に、11年間飼ってた愛犬がなくなった。
死ぬ前の半年間、自分は、ろくに家に帰ってなくて、
世話もほとんどしなかった。その間に、どんどん衰えてたのに、
あまり見ることも、触ることもなく、その日を迎えてしまった。
前日の夜に、もう私とはほとんど会話がなくなっていた母が、兄と一緒に私の部屋にきて、
「もう、動かなくなって、息だけしてるの。目も、開いたままとじれない。
 最後だから、お別れしてきなさい。」と泣きながら言ってきた。
そこまでだったなんて、知らなくて、びっくりして、下に下りてったら、
コタツに横たわってた。ほんとに息だけしかしてなくて、だんだん息も弱くなってるのが
わかった。怒りっぽい犬で、触るだけで唸るのに、その日は、なにも反応がなかった。
母と兄と、3人で、泣きながら朝まで見守った。
結局、次の日、単身赴任の父が帰ってきてすぐに、息を引き取った。
父のことが大好きだったから、きっと待ってたんだと思う。
家族全員そろうのを待ってたんだな。って思う。
死ぬ間際に、飲んだ水はすごくおいしかったよね。幸せだったよね。
なによりも、本当に、ろくに家に帰らず遊んでばかりいて、あなたの世話を
していなかったことを、悔やんでる。
父も母も兄も、泣きじゃくる中、あたしは、後悔ばかりが心に残って、
あまり泣くことも出来なかった。
おまえが死んでから、おかあさんとも会話するようになったよ。
今まで、おかあさんの話し相手はおまえだったもんね。
おまえのおかげで、自分がどんなに親を悲しませてたかわかった。
犬にまであたしのこと相談するくらい、おかあさん悩んでたんだね。
おまえが死んでふさぎがちだった母も、最近元気になったよ。
安心して、眠ってね。
昨日、死んでから、初めて、あなたの夢を見ました。
朝起きて、泣きました。
ほんとうにありがとう。ばいばい。
    ・・・・長ったらしくごめんなさい。






23 :ほんわか名無しさん:02/07/11 08:38
:(つД`)

24 :ほんわか名無しさん:02/07/11 09:04
犬にだけは・・・弱い。(;ロ;)
俺の家にも12になる雑種がいます。
久々に散歩に連れてってやろ。。。

25 :ほんわか名無しさん:02/07/11 09:20
(つД`) うちの犬は脳腫瘍で7歳で死にました…もっとナデナデしたかった。


26 :コピペ:02/07/11 09:21
仙台に住む私は当時小学4年生だった。
仙台では12月の後半から光のページェントといって街の中のケヤキの木を
ライトアップするという行事があった。それはとてもきれいなものだった。
小学4年生の私はどうしてもそのきれいなケヤキの木が見たかった。
数日前から親と行く約束をしていた。
愛犬の柴犬太郎は最近少し元気が無かった。だから置いて出かけるのは
少し不安だった。病院へ連れて行こうか、という話になったのだけど
彼は朝ご飯をしっかり食べた。なので夕方には安心してでかけた。
「病院なんていいよ。それより早く出かけようよ!」
私は親に強く言った。
太郎が独りで冷たくなるなんて知りもしないではしゃいでいた。



27 :コピペ:02/07/11 09:21
街の中へ向かう電車の中で親が「太郎最近元気ないけどどうしたんだろう」
と、言った。私は聞いていたけどウキウキ気分だったのでなにも答えなかった。
私はキレイにライトアップされたケヤキの木を見て私は嬉しかった。幸せだった。
笑顔で家路についた。

車のライトが見えるとしっぽを振って出てくる太郎が今日は一向に出てこなかった。
私はその時はじめて焦りを感じた。
車から飛び降りた。少し小走りで太郎の小屋へ向かった。
きっと寝ているんだね。私の足音で気付いてきっと飛びついてくる。
早くおいで。「太郎?出ておいでよー」
出てくるわけがなかった。
太郎はひとりぽっちで小屋の中で冷たくなっていたんだから。
足が止まった。動けない。「どうしたの?」後ろから両親の声が聞える。
声が出ない。涙も出ない。現実が受け止められなかった。
おそるおそる太郎の体に手を伸ばした。冷たい。どうして?わからなかった。

母が私の前ではじめて声を上げて泣いた。
父の声が震えていた。顔を見れなかった。泣いていたのかもしれない。
私はぼんやり思っていた。
「病院に連れていってあげれば良かった。」
「どうして自分の我が侭を通したんだろう。」
「もう少し早ければ太郎は・・・・」
助かってたのかもしれないのに。

太郎の死因は解剖しなければわからなかったそうだ。
私達は解剖はしなくていい、きれいなまま送ってあげよう。と決めた。

あれから7年。生きていれば太郎は11歳。
4歳という若さで彼は私達の元を、この世を去ってしまった。
今でも私は自分を責めている。浅はかな自分を責め続けている。
あれから一度もうちでは動物を飼っていない。
私は自分があやまちを繰り返すのが今もずっと怖い。

ごめんね。もっと幸せにしてあげたかった。
私ばっかり幸せなきもちにしてもらってなにもしてあげられなかった。
独りでさみしい思いをさせてごめんね。寒かったでしょ?
もうすぐそっちに行くからね。

あの子のしっぽを振る姿が忘れられなくて命日が近づくと胸が苦しい。


28 :ほんわか名無しさん:02/07/11 15:45
ageとく

29 : ◆WG4IVt8A :02/07/11 15:52
正直>>22を見ても全然感銘すら沸かん。
コピペだったらいい物の、この文章書いた奴は真性にしか見えないぞ。

30 :源しずか ◆xvxftGHk :02/07/11 15:53
>>22
めちゃめちゃ号泣してしまいましたが。

手が震える・・・。

漏れも7才になる雑種のオス犬飼ってる。
いつかそんな日がくるのはわかってるけど、いざその時がくると絶対立ち直るまで時間がかかると思う。
今まで以上に犬を大切にしようと思った。

31 : ◆WG4IVt8A :02/07/11 16:04
>>30
今更言わせてもらうが
「そこまでだったなんて、知らなくて、びっくりして」
この発言に正直イラつかせてもらったし、
「死ぬ間際に、飲んだ水はすごくおいしかったよね。幸せだったよね。 」
こういった発言をする権利なんかこの筆者にはないと思うんだが。
世話してない自覚があるのなら犬の幸せなんて語るな

コピペにマジレスカコワルーイ

32 :ふみちょん ◆A7wavSU6 :02/07/11 16:06
>>30
>>31

(´ー`)/まぁまぁ、もちつけ。

33 : ◆WG4IVt8A :02/07/11 16:08
>>32
お前は見てるだけでイラつく

34 :ふみちょん ◆A7wavSU6 :02/07/11 16:09

>>33
ドゾー(  ゚Д゚)⊃旦 < まぁ、茶飲め。

35 :ほんわか名無しさん:02/07/11 16:15
金持ちのロールスロイスで轢き殺されたい。

36 :ほんわか名無しさん:02/07/11 23:25
>31
確かにあなたのいうとおり。正しい。

37 :ほんわか名無しさん:02/07/11 23:48
age

38 :ほんわか名無しさん:02/07/13 19:05
期待age

39 :ほんわか名無しさん:02/07/13 21:38
期待age


40 :ほんわか名無しさん:02/07/16 20:35
(T∀T)(T∀T)(T∀T)(T∀T)(T∀T)(T∀T) しくしくしく
泣きました。↓

ttp://www9.ocn.ne.jp/%7Eflash/db.swf

41 :BORDER:02/07/17 00:52
(T∀T)(T∀T)(T∀T)(T∀T)(T∀T)(T∀T)
泣けますた。↓

ttp://www9.ocn.ne.jp/%7Eflash/db.swf

42 :ほんわか名無しさん:02/07/23 10:34
保全age

43 :ほんわか名無しさん:02/07/23 10:42
私が23歳の頃、就職1年目の冬、私の誕生日の日のこと。
職場の人たちが「誕生パーティーをしてあげる!」というので、家に、「今日は遅くなるよ。
ゴハンいらないから。」と電話を入れたら、父が「今日はみなさんに断って、早く帰ってきなさい。」
と言う。「だってもう会場とってもらったみたいだし、悪いから行く。」と私が言うと、いつもは
温厚な父が、「とにかく今日は帰ってきなさい、誕生日の用意もしてあるから。」とねばる。
「???」と思いながら、職場のみんなに詫びを入れて帰宅した。
家にはその春から肋膜炎で療養中の母と、電話に出た父。食卓にはスーパーで売ってるような
鶏肉のもも肉のローストしたみたいなやつとショートケーキ3つ。
「なんでわざわざ帰らせたの!私だってみんなの手前、申し訳なかったよ!」と言ってしまった。
父は何か言ったと思うが、覚えていない。母が、「ごめんね。明日でもよかったね。」と涙ぐんだ。
私は言い過ぎたな、と思った。でもあやまれず、もくもくと冷えた鶏肉とケーキを食べて部屋に戻った。
その2ヶ月後、母の容態が急変し入院した。仕事帰りに病院に行くと、父がいた。廊下の隅で、「実は
お母さんは春からガンの末期だとわかっていたんだよ。隠していてごめんね。」とつぶやいた。
呆然として家に帰ったあと、母の部屋の引き出しの日記を読んだ。あの誕生日の日のページに
「○子に迷惑をかけてしまった。」とあった。
ワーッと声を出して泣いた。何時間も「ごめんね。」といいながら泣いた。夜が明ける頃には
涙が出なくなった。すごい耳鳴りがした。
4,5日して母は死んだ。仕事をやめて、看病していた父も数年前に死んだ。
父が準備したささやかな誕生日パーティーをどうして感謝できなかったのか。
母にとっては最後だったのに、、、。
父も数年後に死んだ。こんな情けない自分でも、がんばって生きている。


44 :ほんわか名無しさん:02/07/24 00:51
あげ

45 :ほんわか名無しさん:02/07/24 01:10
>43
正直泣いた。今のうちに孝行しなきゃ、とか思う。親には幸せであって欲しい。

46 :宗次郎 дT)σ ◆roshidU. :02/07/24 01:12
>>45
禿同

47 :ほんわか名無しさん:02/07/25 01:00
父の伯父のKさんは4歳程度の知能の、いわゆる知恵遅れな人だった。
歯のない口で、同じことを何度もふにゃふにゃと喋る人だった。
特に病気など持っていなかったが70才以上の高齢で、いつも汚らしい服を着て
雑多とした部屋で寝ていた。口から涎が垂れたりして、子供の頃は気にならなかった
些細なことがだんだんと我慢出来なくなり、小学校を卒業する頃には既に会話は全く
無くなっていった。

おぼつかない足取りで町を徘徊し、時々行方不明になることもあったKさん。
あの日も夕飯の時間はとっくに過ぎているというのにKさんの姿は見当らなかった。
また町に出掛けているのかも知れない。警察に電話する前に、母が家の周りを見回り
に行き戻って来て、言った。「Kさんが死んでる!」
あまりに急なことで、全然信じられなかった。父も確認しに行き、「あれは死んでる」
と首を振る。信じられなかった。昨日は何も変わりなかった筈なのに。

翌日、内輪だけの通夜が行われた。父の馴染みのお坊さんがお経を読み終えると、
参列者の方へ向き直り語り始めた。
昔のことなので断片的だけれど、お坊さんの話はこんな感じだった。

「……Kさんは生まれながら頭にハンデを追っていました。しかし本当に心の清い
方だった。Kさんはよく私の寺の庭へ掃除をしに来てくれました。Kさんはきっと
仏の近くへ行けるでしょう。むしろ私は思います。頭のハンデは、天からKさんへ
の贈り物ではないかと。人は賢いほど俗物へ近づいてしまいますが、逆にKさんは
とても純真な方だった。彼は決して無駄な人間ではなかった」

私はお坊さんの話に驚いて、Kさんの遺影を見た。
そこには子供のように無邪気に皺を寄せて笑う、Kさんの顔があった。
涙がどんどん溢れてきた。
私みたいに何もしていない奴に泣く資格なんてない。
けれど、どうしても涙が止まらなかった。
もっと労わってあげたら良かった。もっと大事にしてあげられたら。
私は頭が足りないというだけでKさんを何処かで見下していたことに気づき、そして
心から後悔した。
恥ずかしくて俯いて、袖を目にあてた。涙の染みは広がっていくばかりだった。
Kさん、本当に、ごめんね。

48 :ほんわか名無しさん:02/07/25 01:11

    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
    /   ,∨∨∨∨∨
  /  /  /   \ |
  |  /   ,(・) (・) |
   (6      ⊂⊃ |
   |    ___l_,|   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |     \__/ /  <  1曲歌って下さい(民間では実際にある)
 /|         /\   \________

\|/      \
 /  _____|
| //__  ___ |    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| / /  \/  ||  < (ドラゴンボール)チャーラー、ヘッドチャラー
|6---|  ・  || ・ ||  \__________
|  \_/ ) __/ |
|    ___ |
 \   \_ノ ノ
  \____/
    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
    /   ,∨∨∨∨∨
  /  /  /   \ |
  |  /   ,(・) (・) |
   (6      ⊂⊃ |
   |    ___l_,|   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |     \__/ /  < あれはHEAD−CHARAと書いて「へっちゃら」と読むんだよ
 /|         /\   \________


49 :ほんわか名無しさん:02/07/25 01:22
泣ける2ちゃんねる

http://hiroshu29.tripod.co.jp/

50 :俺はこれで泣いた1:02/07/25 01:33
最近、ある文章を読んですごく感動した。
ドラゴンズ・ファンの皆さまにぜひ読んで頂きたいと願って、ご紹介します。
 その文章は、東京新聞(中日新聞東京本社発行)の販売関係の幹部社員研修会で、
Kさんという方が話された内容を記録したものということである。
 昨年秋、中日ドラゴンズが11年ぶりに優勝を決めた数日後のこと。
北関東を担当するKさんは会合に出て遅くなり、タクシーに乗った。
運転手が『ジャイアンツが優勝できなくて残念でしたね』と話しかけてきた。
北関東はジャイアンツ一色の土地柄であり、
Kさんも当然ジャイアンツ・ファンだろうと思ったらしい。Kさんが
『いや、私はドラゴンズの関連会社に勤めている者だ』と言うと、運転手は
『そうですか、ドラゴンズの関係者でしたか。実は、私も平成9年の暮れから
ドラゴンズの熱烈なファンになりました。特に星野監督さんの男気が好きなんです』
 『お客さん、もしお耳障りでなかったら、聞いていただけませんか』。

51 :俺はこれで泣いた2:02/07/25 01:35
運転手はこう言って、話し出した。
 ◆(以下はタクシーの運転手さんの話である)
 私は生まれた時からジャイアンツの洗礼を受けて育った者です。
両親も弟も親戚もみんな、野球はジャイアンツでした。
私の弟は名古屋で葬儀社の運転手をしておりまして、
偶然星野監督の奥さんの葬儀の霊柩車の運転をさせて頂きました。
出棺の際、監督は大勢の弔問客に涙をこらえながら
『妻はナゴヤドームでお父さんの胴上げを見たいね。それまで生きていたい、
と言い続けていました』と挨拶しました。
 いよいよ火葬場へ出発の段になって、星野さんは後続の運転手に
何事か話し、霊柩車には自分一人にしてくれと言って、出発しました。
星野さんは弟に『運転手さん、ナゴヤドームヘ行って下さい』。
 前例のないことに、弟は『ナゴヤドームですか?』と驚いて聞き返した。


52 :俺はこれで泣いた3:02/07/25 01:38
霊柩車はそぼ降る小雨の中、ドームを一周し、
雨よけのひさしのある所に止めた。
監督は『運転手さん、家内の棺を出したいので、
手伝って下さい。全部下ろさなくてもいいですから、
下ろせる所まで下ろしたいのです』
弟は何事が起きるかと恐れながらも、それに従った。
 

53 :俺はこれで泣いた3:02/07/25 01:40
棺は頭の方を車にかけ、斜めに下ろされた。
すると監督は『運転手さん、5分間だけ泣かせて下さい』と言って、
棺にすがりついて号泣した。
『なぜ死んだんだ。ドームでパパの胴上げを見たいね、
それまで頑張ると約束したではないか。かあさん、なぜ死んだんだ!』
弟は感動に打ち震えながら、監督に負けないくらい泣いたとのことである。
監督は『必ず優勝して見せる。かあさん、見守っててくれ』と言って、
火葬場へ向かった。
弟はその年の暮れ、正月前に休暇で帰った際、
親戚が集まった席でこの出来事を涙ながらに語った。
弟はこの日のことは一生忘れないと言ったが、
私たちだって星野ドラゴンズを決して忘れない』
 ◆この話を聞いたKさんも、それを話す運転手さんも泣いた。
『お客さん、この話は初めて人に話すことなんです。誰かに伝えたいと、
いつも思っていました。今日、やっと弟の感動をお客さんに話すことが
出来ました…』
Kさんはタクシーの運転手の話を通して『男・星野』を熱く語った。
会合の出席者は涙にうるんだ瞳に、星野監督のドームでの情景を思い描き、
改めて優勝を誓った闘将星野と、それを実現させた選手諸君の執念に
感激を覚えた。
 (文章の筆者は『中日新聞研修センターCMC・篠原弘明氏』)

54 :ほんわか名無しさん:02/07/25 02:16
以前、母がデジカメを買って嬉しそうに色々撮ってたけど、そのうちメモリが
いっぱいになったらしく、メカ音痴な母は「ねえ、これ写らなくなっちゃっ
たんだけど…」と遠慮気味に相談してきた。でも俺は面倒くさかったから
「なんだよ、そんなの説明書読めばわかるよ!忙しいからくだらないこと
で話しかけるなよな!」と罵倒してしまった。
その母が先日亡くなった。
遺品を整理してたら件のデジカメを見つけたので、なんとなしに撮った物
を見てみた。
俺の寝顔が写っていた。
涙が出た。

-------------------------
ラウンジ 現行の鑑定スレhttp://ex.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1027495712/16より。がいしゅつ?でまわってる?どーもこの>>16スレ建て間違えたっぽいんだけど。


55 :ほんわか名無しさん:02/07/25 02:25
>>54
いい話だ、、、泣ける、、、
切ねえなあ。母ちゃん

56 :ほんわか名無しさん:02/07/25 10:18
良スレ!!(・∀・)

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